揶揄するところもない土地にいったい何があるというんですか! ~『東京するめクラブ 地球のはぐれかた』
村上春樹の新刊『ラオスにいったい何があるというんですか』が刊行された。
なんだかラオスの国とそこに住む人々を小馬鹿にしているようなタイトルだ。村上先生は以前も自作の中で北海道の実在する街について多少皮肉めいた描写をして抗議を受けた過去がある。
そのときはたしか村上側が謝罪、問題の箇所もあらためられたそうだが。いやー、今回も懲りなかったというか自分のポリシーを貫いているというか、またもや物議をかもしだしそうで心配だ。
で、つい最近読んでたのが「東京するめクラブ 地球のはぐれ方」(文春文庫刊)。そのうち感想を書くつもりでそのままになっていましたが、このタイミングでUPできるのはラッキイです。
正確にはこの本、村上春樹著ではありません。村上氏吉本由美、都築響一によって結成された「東京するめクラブ」による共著ですが、実際この本を手に取る読者にとっては村上春樹がメインの書き手という認識でしょう。
その村上氏が第1章でいきなり名古屋を揶揄している。
これがけっこう差別的でシャレとしてはややキツい。よく地元に住んでいる方々から抗議が来なかったもんだ。おそらく名古屋の人たちは都会人なので、あー、こんな見方もあるのねと軽く受け流しているのでしょう。
北海道某町のケースとちがい本書はエッセイ・ノンフィクションというジャンルにあたるので、書かれた内容が事実そのものと受け取られるリスクも大きい。もちろんあくまで書き手の主観がもとになっているし、正確な記録が目的ではないから誇張的な表現があるのも当たり前なのだが・・・
名古屋以外にも熱海、ハワイ、江の島などさまざまな地に「東京するめクラブ」の面々が訪れ、メンバー各自がリレー形式でその地に関する文章をつづっている。もちろん全てが揶揄的な内容ではなく、一方で地元の名物やこだわりスポットの紹介があったり、その地についての比較的真面目な考察もある。
よーく読み込むとそれとなく分担が分かれている印象がないでもない。たとえばもっとも茶化した目線で書かれた文章は村上氏ではなく別の方のものであったりとか。これはハルキ・ムラカミ本人がその種の文章を書くことで作家のイメージがダウンしないようにという計算であろう。
いずれにせよ本書の内容について、執筆者のなかでもっともネームバリューがある(と思われる)ハルキ・ムラカミ氏が矢面に立たされてしまうのは、やむを得ないところでしょう。
どんなからかいや悪口もシャレで済ませてしまう都会の人たちもいる反面、過疎が進んでるような地域にとって、愛すべき郷土のイメージダウンにつながるような記述は見過ごしにできないだろう。その気持ちもよーわかる。
『地球のはぐれ方』の揶揄的部分は、刊行された当時では許されても、いまだったら社会情勢等の変化で発表できないかもしれない。
だけどそれを読んだ僕らは失笑をまじえつつ「これってホントなの!?」とちょっと興味をひかれ、思わずその土地に足を運んで実情を見届けたくはならないだろうか?
個人的には揶揄的な文章を否定しない。というかむしろ大好きなんですね―これが。
書かれる対象に配慮したり、クレームに発展するのを怖れて自己規制ばかりしていたら、そこからは毒にもクスリにもならないつまらないものしか生まれないだろう。作家の書くものはあくまで文芸。しょせん作家は芸人なのです。皮肉や毒舌が好きな読者はだいたいシャレだって分かって話半分で読んでますしね。
からかわれるものは、それと同じぐらいの魅力があるはず。ラオスだって、きっといい場所にちがいありません。