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愛と裏表の憎まれ口か? 小谷野敦『このミステリーがひどい!』(飛鳥新社刊)

これだけたくさんのミステリーを少年期から読み、たんねんにトリックの矛盾や読後感をつらねている著者は、もしかしたら意外とミステリー好きなのではないでしょうか。ジャンルに対する愛情がなければなかなかできることではありません。そんなふうに思わされてしまう一冊です。

 

 

エンタメ小説の紹介本といえば作品をホメて持ち上げるのがごく普通なので、本書のような視点もある意味貴重です。「つまらなかった」とストレートに書いたり堂々とネタばらしする書評ってそうあるものではありません。

 

 

 第1章から著者の私的なミステリー読書歴で始まり、その後も個人の事情や私情めいた記述がやたら飛び出してきます。やや暴論めいた印象も受けますがそれが持ち芸になってて、僕がこの人の書いたものの好きなところです。


芥川賞というのは、伝統的に、面白くない作品を選ぶことになっている」
「実際はそう大したことのない作品が、出版社のカネの力とかでヨイショされている現状があって、これは推理小説に限らない」

(著者あとがきより)



 読んでて思わず「ひええ」と声を上げそうなこうした発言も本書の読みどころといえましょう。

 

ここで本書あとがきに記された著者のミステリーベストをあげておきましょう。

 

 

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・1位 西村京太郎『天使の傷痕』

 

・1位同点 筒井康隆ロートレック荘事件』

 

・3位 貴志祐介『硝子のハンマー』

 

・4位 ヘレン・マクロイ『殺すものと殺される者』

 

・5位 中町信『模倣の殺意』(『新人文学賞殺人事件』改題)

 

・6位 北村薫『六の宮の姫君』

 

・7位 折原一『倒錯のロンド』

 

 

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 巻末には内外のミステリーやSFの代表作を列挙した年表までついており、そのへんもこの本が純然たるミステリー批判を目的としているのかどうか判断を危ぶむところです。憎まれ口は愛情の裏返し、愛と憎しみが同居するアンビバレンツな性格の書です。



 著者と僕との行動範囲はけっこう重なっているようで、僕がよく通っている市立図書館の名が文中に突然登場したりします。年齢も近いし、もしかしたらこの図書館で接近遭遇してるかもなあ。

 

 

 僕自身、少年時代から十代ぐらいまでさかんに読み漁っていたミステリーも最近はほとんどごぶさたです。本書を読んで、友人たちと読んだ本や見た映画、TVドラマについてあれは面白いだの、いや駄目だだの、さかんに熱弁をかわしていた頃を思い出しました。大人になってジンセイが複雑になってきたいまは、現実の暮らしに必死でフィクションの世界に没頭する心の余裕がないのでしょう。あるいは著者の指摘するとおりミステリーは、いや小説はジャンルとしての役割を終えようとしているのかもしれません。

 

 

「小説はたくさん書かれてきたが、さまざまな実験をおこないつつ、それもネタ切れになり、映画やテレビドラマ、漫画やアニメといった新しい表現手段によって地位を切り崩されてきて、かろうじて映画化、ドラマ化などの手段を通じて生き残っているのである」

(著者あとがきより)

 

 

 大真面目なミステリー評論というより、著者特有のややひねくれたスタンスで書かれたヨタ話だととらえたほうが推理小説ファンにとっては精神衛生上よろしいのではないでしょうか。あまり真剣にとらえて傷ついたり著者に反感を抱いたりしないよう願うところです。

 

 

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