blog-chronicle〈ブロニクル〉

あちこちのブログ、HPに書きちらかしたエントリを一本化。

6. 母と訪ねる関宿

 先月末からはじめたコンビニのバイト。AM1時半をまわり30分の休憩に入る。薄暗い事務所で廃棄となった商品で腹ごしらえ。

 毎日大量に食品が廃棄され、ホームレスのようにそのおこぼれにあずかる。今日はどれだけ持って帰れるか、それだけが仕事の楽しみ。家へ持って帰ると母が喜ぶ。それが一番だ。仕事じたいはあまり面白味ないが母が喜ぶので簡単にやめられそうもない。そのためだけにでも続ける。

 スマホに録った岩井さんの取材の音声を聴く。自分から取材を依頼してきただけあってよく喋るわ。2時間近く喋ってたな。

 ほぼ全部録ってあるが地域新聞の記事に使えるところを探すのが大変だ。これだけ思ってることを全部言葉にできたらさぞかし気持ちがいいだろう。まあこっちもその  を学ぼうと喋りたいだけ喋らせといた。

 俺も少しこういう人間を見習って饒舌になった方がいい。勉強もしなけりゃな。休憩も終わりだ。廃棄商品も多少手に入った。6時まであともうちょっとの辛抱だ。

 大量の廃棄を持ち帰り帰宅。朝食のテーブルの上にさまざまな食品のパッケージが並ぶ。予想通り母が大喜び。これはしばらくやめられそうにない。

 午前中、少し仮眠したあと電車で草加へ取材に出る。やはり車よりラクだ。あちこち転々とまわれず、基本的に駅の周辺でしか用を足せないのが難だが。あちこちまわる元気もない。

 関宿城将棋大会の担当者と連絡とれたのでマルイの中をざっと見ていったん帰宅。車で関宿城博物館へ。母もエコスポへ行きたいといって一緒についてきた。仕事に行くのにちょっとしたドライブ気分だ。

 関宿方面も久しぶり。以前は関宿コミュニティセンター、通称コミセンで母が編み物を教えていて毎週送り迎えに通っていた。

 宝珠花橋をわたってコミセンへ向かう道はむかしとあまり変わっていない。大型トラックが唸りをあげながら行きかう県道。土手の上から坂をくだってきてちょうどカーブを曲がる場所に、母の知り合いの方が続けていたクリーニング店がある。

 この方は最近亡くなったが、今日通りかかったら店のシャッターも閉まっていた。この型の息子とわずかの間だが運送会社で一緒に働いていたことがある。自分とほぼ同じくらいの年だったがその後どうしたろう。そんなふうにもう会うこともないだろう人が大勢いる。

 鈴木貫太郎記念館の前から激しい渋滞。新しい道路ができて交通量はむかしよりも増えた。取材の時間に少し遅れそうだ。

 遠くの高台に建つまがいものの関宿城へ向かってまっすぐに伸びる道。高台の増したあたりで大きくカーブしてゆるやかに城めざして上っていく。

 真上にたどり着いてがらんとした駐車場に車を停める。ここまで走ってきた道が真下見わたせる。風景は少しかすんでいる。空は嵐の前触れのように重くどんよりと頭上を覆っている。これからの季節を予感させるように何かが大気中に充満している。生のエネルギーみたいなものか。

 どうてもいいような取材。そそくさと終わらせて母の待つ駐車場へ向かう。こちらに尻を向けて停まっている車。助手席の窓に黙々と編み物を続けている母が見える。思わず足を速める。

 母とはこれまでいろいろな場所へ出かけた。

 どんなに遠い場所まで行っても、必ずここへ戻ってくる。けして心から愛せる場所ではないんだが。それでも自分の何十年かの記憶がしみ込んで次第に唯一無二の場になりつつあることは否定できない。

 これからもさまざまな土地へ母と二人で訪れるのだろう。そんな季節がまたやってきた。