blog-chronicle〈ブロニクル〉

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「意味」に満ちた世界から逃走し続ける大泥棒 ~桜井晴也『世界泥棒』

河出書房新社より刊行された、第50回文藝賞受賞作です。

のっけからナニですが、わたくし近ごろ小説からめっきり遠ざかってしまっておりまして・・・。しかもブンガクとなるとさらに敷居が高くなる一方。

えいやッと覚悟をかためて、この改行がほとんどない文章のかたまりにかじりつきました。ノー改行とはいえ、本来漢字で表記しそうなところでひらがなを多用してるので、それほど読みにくさはないです。

物語は夕暮れの教室で行なわれる少年たちの「決闘」から始まります。風変わりでちょっとグロテスク。それはこの小説の持つテイストそのままです。

感情を失い老成してしまったような少年少女たちが残酷さと背中合わせのユーモアの中を漂い、ディスコミュニケーションや疎外感が作品世界を空気のように覆っています。社会問題となっている子どもたちの「いじめ」や社会を震撼させた酒鬼薔薇事件を連想させる部分もあります。

舞台はおそらく僕らの住む現実とは異なる世界なのでしょう。幽霊や怪物らしきものがいたり、国家が分断され戦争も起きてるようですが全体像は曖昧模糊としてよく分かりません。それこそぼんやりと夕闇につつまれたような世界観です。

話は決闘から町はずれの殺人事件、国境の向こうへの旅と脈絡ない感じで(失礼)展開していきます。唐突に主人公の回想になったり誰かの語る話になったり、ほとんど説明らしい説明もないまま時系列も行ったり来たりしているようです。

この小説の手法を真似ようとしても難しいでしょう。もはやワンアンドオンリー、作者以外の書き手には再現不能。まさに文藝賞受賞に値するオリジナリティです。作者は演劇に対する造詣が深いとのことですが、再現不能という点で演劇の一回性と本作『世界泥棒』はどこか共通しています。

作者はページの向こうから多くの“?”を投げかけてきます。分かりやすい本、分かりやすく意味が整理された文章に日ごろ慣れ親しんですっかりなまってしまった僕の感性は混沌の暗闇の海に投げ出され、必死にもがきながら新しい泳法を探す。そして少しずつ長い距離を泳ぐ力を獲得していくのです。

というわけで作品の核心を突いているとはとてもいえない印象評に終始してしまいましたが、感覚に訴えるタイプの本作を「批評」という意味重視の視点からとらえようとすることは矛盾しているし、たぶん作者も嫌がるでしょう。読み手には自らの持ち合わせる感性のみで判断してほしいと思っているはずです。

そうでしょう桜井さん? 遅ればせながら受賞おめでとうございます。また勉強会でお会いしたいですね。

 

 

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