ムダな努力。
講演ものの取材は、壇上で相手が一方的にしゃべるのをひたすらその場でパソコンに打ち込んで
あとでその「講演録」から必要な部分を抜き出してつなげば原稿一本できあがりというパターンが多い。われながら安易だけど。 1対1であれこれ質問しなきゃならない通常の取材にくらべわりとラクで嫌いではないのだが これにも注意が必要で、話を最初から最後まで打ちこんでいくとテキストは膨大な量になり 必要な部分を見つけるのにひと苦労したりする。 話を聞いてる時点で重要なポイントだけ打ち込めばいいのだろうが、 全体の流れがつかめない段階では、どの部分が必要かそうでないか判断が難しく 結局、話のほとんど全部を打ちこむ羽目になる。 当然、枚数の制限上そのほとんどが使われることはない。映画でいえばカット部分、音楽ならアウトテイクのようなものでムダっちゃムダだ。 わずか800字ほどの原稿のために膨大なムダ、というか努力が必要で(いや、けしてムダじゃないんだろうけど)ある意味、創作物とはムダな努力の結晶なのかもと思う。 膨大な講演テキストをもとに書き始めようとしても必要な部分がなかなか拾いだせず、 結局記憶を頼りに書きあげてしまったりしている自分。あの入力の手間はなんだったんだ(笑)。 大切かもしれないけど、できれば避けたいムダな努力…。 |